紅茶専門店株式会社プリミアスティージャパン | TEA STORY
紅茶専門メーカーが自信を持ってお勧めするこだわりの紅茶をご紹介します。紅茶を美味しくいただく方法を学ぶティーレッスン始めました。
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TEA STORY

紅茶にまつわる物語

11月は「紅茶月」

~江戸時代に紅茶をはじめて飲んだ日本人がいた!?~

青木:れいかさんは、11月1日が紅茶の日って知ってた?

 

れいか:うん。ちょうど寒くなるころで、紅茶が恋しくなるから!!

 

青木:いや~、そうきたか。確かに、寒くなると温かい紅茶が飲みたくなるよね。でもじつは、ちゃんとした理由があるんだよ。江戸時代中期の日本人の話なんだけど、れいかさんは歴史好き?

 

れいか:苦手です…。どんな話なんですか?江戸時代の日本に紅茶があったんですか?

 

青木:ないよ。当時の日本には緑茶しかなかった。でも、そのころ本格的な紅茶を楽しんだひとりの日本人がいたんだ。その人の名前は大黒屋光太夫(1751-1828)。伊勢の国の船頭さんだった人

 

れいか:武士でもない普通の船頭さんがどうやって紅茶を楽しんだの??興味あります!

 

青木:紅茶の話となると目の色が変わるね(笑)。じつは苦難に満ちた話ではあるんだけど、1782年、光太夫らは船で江戸に向かう途中、暴風雨に見舞われ遭難し、ロシアに漂着してしまうんだ。帰国するまでにじつに10年の歳月を費やし、その間、ロシアに滞在せざるを得なかったんだ。

 

れいか:すぐに日本に引き返すことはできなかったの?

 

青木:当時の日本は鎖国状態で、帰国嘆願はことごとく却下されてしまったんだよ。それでも光太夫は最後まで諦めず、帰国許可を求めてシベリアを横断、当時のロシア首都、サンクトペテルブルクへ向かうんだ。すでに漂流から8年が経過、総移動距離は1万kmを超えていたっていうからすごいよね。

 

れいか:そこまでして、サンクトペテルブルクに向かったのはどうしてなの?

 

青木:女帝エカテリーナ2世(1729-1796)に直接、帰国の許可を願い出るためさ。

 

れいか:それで、エカテリーナ2世は会ってくれたの?

 

青木:光太夫のたいへんな苦労と努力の甲斐あって、ついに謁見が叶うんだ。彼らの境遇に深く同情したエカテリーナ2世はすぐに帰国許可を与えてくれて、1792年、光太夫はついに帰国の途に就くことができたってわけ。

 

れいか:エカテリーナ2世ってなんて素敵な人!あれ、紅茶の話が出てこなかったけど??

 

青木:謁見から帰国までの間、光太夫はロシア政府から厚遇されて、さまざまな招待を受けたんだ。サンクトペテルブルクを離れる直前の1791年11月1日には、光太夫はエカテリーナ2世に招かれ、日本人として初めて、外国での正式な茶会で本格的な紅茶を楽しんだのさ。このことから定められたのが「紅茶の日」(11月1日/日本紅茶協会制定)なんだ。

 

れいか:わあ!「紅茶の日」にそんなドラマチックな史実があったのね!光太夫が飲んだのはどんな紅茶だったんだろう。ロシア人の温かい心に触れながらいただく、優雅な宮廷でのおいしい紅茶は、きっと格別だったでしょうね。

 

青木:11月は紅茶月。光太夫の飲んだ200年前の紅茶に思いを馳せながら、秋の夜長のティータイムを楽しむのもいいかもね。